展示品紹介
展示品紹介
―なつかしの玩具玉手箱―
【24】高知の鯨車・鯨舟
土佐の国は特異な風俗風土をもつ土地柄といわれています。ここ
は「よさこい節」にも歌われているように黒潮あらう地であり、古
くから鯨漁が盛んでした。
土佐は江戸時代寛永年間(1624-1644年)から捕鯨の中心地と
してしられていました。室戸岬の漁師は岬の東岸椎名三津沖、西岸
津呂室戸沖へ出漁していきましたが、漁のできないときや帰路にわ
が子の土産として、折れた櫂(かい)などを利用し、手作りの鯨車
や鯨舟を刻んだのがこの玩具の起こりだといわれています。
鯨車は、鯨が水中を泳いでいる姿を木彫りにしたもので、頭部は
大きくふくらみをもたせ、尾にかけて次第に細く、三角の尾ビレが
左右に開いています。前ヒレは別の木片を胴体下部に取りつけまし
た。腹部を木地で残し黒一色に塗りつぶし、わずかに口と目と背に、
彩色をほどこしてあります。その種類はかつてセミクジラ、マッコ
ウクジラ、ザトウクジラなどがありました。黒い飛行機が空を飛ん
でいるような鯨車は室戸が生んだ非凡な作品といえましょう。鯨舟
の模様は、その舟の役割を表していたそうです。
鯨漁はかつて日本の沿岸各地で行われていましたが、これを玩具
としたものはあと長崎の「鯨の潮吹き」だけです。
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